『イントゥ・ザ・ワイルド』主演俳優エミール・ハーシュの成功と転落
俳優たちは、人生のあるポイントを境にスターの道を歩み始めたり、ある出来事をきっかけにして忘却のふちに沈んでいったりする。だが、映画『ガール・ネクスト・ドア』や『イントゥ・ザ・ワイルド』で知られるエミール・ハーシュのように、良くも悪くもその両方をやり過ごしてしまったケースはまれかもしれない。
1985年にロサンゼルスで生まれたエミール・ハーシュは、ハリウッドが目と鼻の先にあり、まもなくその世界に出入りするようになる。
1996年、まだ11歳のとき、彼はTVシリーズ『Kindred: The Embraced』でデビューする。その数年のうちに、エミール・ハーシュは『3rd Rock from the Sun』(1997年)や『ふたりはふたご』(1999年)、『サブリナ』(1999年)などのTVシリーズに出演した。
エミール・ハーシュが初めて本格的な役をまかされたのは、2004年の映画『ガール・ネクスト・ドア』に主演したときだった。共演はエリシャ・カスバート。
その1年後、エミール・ハーシュにふたたび大きな役がやってくる。『ロード・オブ・ドッグタウン』(2005年)のジェイ・アダムズ。この映画に出演した彼は、共演したヒース・レジャーらと名声をわかちあった。
そして、エミール・ハーシュはついに、ジョーン・ペンが監督・脚本を務めた作品『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)でハリウッドにおける名声を確立したのだ。映画のなかで、彼は主人公クリス・マッキャンドレスの悲劇的な放浪を演じた。
映画は批評家たちにとても高く評価された。ちなみに共演したのは、ウィリアム・ハート、マーシャ・ゲイ・ハーデン、キャサリン・キーナー、ハル・ホルブルック、クリステン・スチュワート、ヴィンス・ヴォーン。この映画でエミール・ハーシュは役者として一皮むけ、大スターへと飛躍を遂げるチャンスが訪れたかに見えた。だが結局、良い流れをものにすることはできなかった。
それというのも、次の仕事のチョイスがまずかった。彼が次に選んだ仕事は、ウォシャウスキー姉妹の映画『スピード・レーサー』(2008年)の主演だったのだ。もっとも、この映画が不当に低く評価されているきらいはある。
『ミルク』(2008年)や『キラー・スナイパー』(2011年)もやはりぱっとしなかった。エミール・ハーシュのキャリアはすでに停滞しかけていたが、それでも映画にせっせと出続け、マイナーな出演作を生み出していく。
『イントゥ・ザ・ワイルド』が公開された2007年が、エミール・ハーシュにとって飛躍の年だったとすれば、マイナス転換は2015年に訪れた。その年、ユタ州のとある店で彼はプロデューサーのダニ・バーンフェルドに襲いかかったのだ。
事件は2015年1月、クラブ・タオで起きた。ユタ州パークシティではその時期、毎年恒例のサンダンス映画祭が開かれていた。『E! News』の報道によると、彼はダニ・バーンフェルドを「金持ちのガキ」とののしり、首を絞めて窒息させかけた。首を絞められたダニ・バーンフェルドは気絶してしまった。
裁判でエミール・ハーシュは、その晩のことは覚えていない、酒を飲み過ぎていたと釈明し、彼の弁護士ロバート・オファーもその点を強調して寛大な処置をもとめた。
結果、エミール・ハーシュには禁錮15日、罰金5000ドル、90日間の仮放免、それに50時間の社会奉仕活動が申し渡された。それらの刑と並行する形で、被告は裁判後にリハビリテーションセンターに入った。
だが不思議なことに、彼のキャリアはそれまでと同じ針路をとり、さえない映画のさえない役を演じ続けたのだった。もちろん、Netflixのアニメシリーズ『トロールハンターズ』という立派な例外もある。
アントン・イェルチンの突然の死により、エミール・ハーシュはその後釜として「ジム・レイク・ジュニア」の声を担当することになった。Netflixの大ヒットアニメシリーズ『トロールハンターズ』の主人公である。
さらに物議をかもしたのは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)のジェイ・シブリング役にエミール・ハーシュがキャスティングされたことだった。
ジャミーラ・ジャミルはこの出演契約を知るやいなや、エミール・ハーシュがつい3年前に起こした暴行事件を容赦なく蒸し返した。
「エミール・ハーシュはサンダンス映画祭の関係者が何人もいる前で、私のいたいけな親友の首を絞めて失神させた(そして有罪判決を受けた)。にもかかわらず、タランティーノはさきごろ彼と出演契約を結び、映画をつくるつもりでいる。この一件には白人男性の特権が凝縮されている」と、ジャミーラ・ジャミルはツイートした。
ともあれ、エミール・ハーシュは俳優活動を続けている。まだまだ若いし、スターになれるチャンスのほうも、かつては逃したにせよまた巡ってこないともかぎらない。その一方で、役者の仕事を続けるあいだは特に、ダニ・バーンフェルドにふるった暴行の影がずっとついてまわるだろう。