米メディア王ルパート・マードック(92)、5度目の結婚へ
アメリカ右派メディアの大御所、ルパート・マードック(92)が再婚するという。マードック周囲のチームが婚約を明かしたと、CNNや『ニューヨーク・タイムズ』紙が報じている。
気になるお相手は、ロシアの科学者エレナ・ジューコワ(67)という人物らしい。マードック5人目の妻となるエレナは分子生物学者で、ソ連時代に元夫のアレクサンダー・ジューコワとともにアメリカに移住してきたという。アレクサンダーはのちにエネルギー界への投資で財をなしている。
画像:7News Melbourne, X より
ルパート・マードックは世界でも有数の影響力を誇るメディア王だ。父親から受け継いだオーストラリアの新聞社を世界的なメディア・コングロマリットに拡大し、『フォーブズ』誌によればその資産価値は217億ドル(約3兆円)とも言われている。そうしてできたニューズ・コーポレーションは数百ものメディアを抱えているが、FOXニュースやタイムズ紙などその多くが右翼的な傾向を持つとして批判を受けている。
そんなルパートだが、2022年には4人目の妻でモデル・女優のジェリー・ホール(ミック・ジャガーとの交際経験でも知られる)と離婚。結婚したのはルパート84歳の時で、ホールは当時69歳だった。ちなみに、『ヴァニティ・フェア』誌によると、離婚時の条件のひとつにホールはドラマ『メディア王』にストーリーのアイディアを提供しないというものがあったらしい。
ルパートは離婚後すぐにアン・レスリー・スミスと交際を開始。スミスは右派系のラジオパーソナリティで、かなり過激な陰謀論の信奉者として知られている。そして2022年に婚約を発表したと思ったら、わずか二週間後に破局。『ヴァニティ・フェア』誌によると、スミスの政治姿勢はルパートにとってもあまりに過激だったということらしい。「スミスはタッカー・カールソンが神からの使者だと言い、ルパートは受け入れなかった」というエピソードが報告されている。
写真:スミスとの婚約を報告するルパート(10 News First/Youtube)
2023年9月、ルパートは会社の経営権を他人に譲るのに「ふさわしい時が来た」と表明。70年に渡ったルパート統治に幕を下ろすこととなった。以後、いったい誰がルパートの後継者となるのかについてさまざまな憶測が飛び交っている。マードック家の最近の出来事をチェックしてみよう。
ルパートの後継者の座を射止めたのは長男のラックランだった。2023年11月に正式に「ニューズ・コーポレーション」のトップとなった。だが、ルパートもいまだに名誉会長として経営には参画するつもりだという。「ニューズ・コーポレーション」は巨大なメディア・コングロマリットで、「Fox News」などを傘下に収めている。
ルパートの後継者問題はかねてから取り沙汰されており、誰に引き継がせるつもりなのかさまざまな憶測を呼んでいた。メディア界だけでなく彼の子どもたちも、一大メディア帝国がルパートの死後誰の手に渡り、どうなるのかが気になっていたことだろう。ここには『メディア王 〜華麗なる一族〜』も顔負けのドラマがある。
92歳となったルパートは深刻な健康問題を抱えている。『ヴァニティ・フェア』誌によると、2022年には新型コロナウイルスに感染した直後に白いスーツで臨んだ孫娘の結婚式で倒れこむ一幕があったほか、それ以前から腰の骨折や心臓発作、二度の肺炎、心室細動、さらにはアキレス腱断裂まで患っていたという。こういったことが重なって、長男にあとを譲るという今回の決断へと至ったのかもしれない。
それでも、老メディア王には引退するつもりはないらしい。ルパートの母親も長寿で103歳まで生きたが、2010年に『ヴァニティ・フェア』誌に「息子はけっして引退するつもりはないと思います」と語っている。今回も、本人としては「引退」ではないととらえているようだ。ルパートはスタッフにこう語っている:「これからも自社の放送は常に批判的に見守ります。新聞やウェブサイト、出版物も注視しますし、思ったことやアイディア、アドバイスは常に伝え続けます」
『ヴァニティ・フェア』誌によると、ルパートは二回目の結婚でもうけた三人の子どもたちのうちの誰かに跡を継いでほしいと考えていたらしい。しかもその子どもたちを互いに争わせており、たゆまぬ競争がもっとも優れた後継者を生むと信じていたようだ。
マイケル・ウォルフが書いた伝記では、末っ子のジェームズが後継者としては最も有力視されていた。ジェームズは一部の人からは「一番賢い」とも考えられており、ニューズ・コーポレーションの重役を20年にわたって担ってきたが2019年に兄との社内闘争に負け、2020年にニューズ・コーポレーション役員を辞任した。
ジェームズはすでに2017年には明確にリベラルな態度をとっており、ドナルド・トランプ大統領(当時)を批判、民主党候補に寄付をしていた。2019年には『ニューヨーカー』誌からジェームズとルパートは口もきかない期間が続いているという報道がなされた。
その政治観やヒップホップ愛の強さ、そして『ヴァイス』誌の役員就任など、ジェームズは明らかにドラマ『メディア王』のキャラクター、ケンドールのモデルだろう。ケンドールを演じるジェレミー・ストロングは、この役のオーディションの時にジェームズの真似をして靴ひもを非常にきつく結んだと語っている。
『ヴァニティ・フェア』誌によると、マードック家二番目の子どもであるエリザベスはビジネスの才覚においては随一だと目されていた。だが、後継者争いにおける存在感はそれほど大きくないとも考えられていた。というのも、エリザベスは女性であり、ルパートは「時代遅れの考えに取りつかれていて、男子に相続させたがっている」からだ。
エリザベスはマードック家の会社でしばらく働いたのち、独立して(とはいえ父親から潤沢な援助はあったが)テレビ会社を設立、成功している。エリザベスが興したシャイン・グループは2011年にニューズ・コーポレーションに6億7400万ドル(約940億円)で買収されている。ニューズ・コーポレーションの株主たちはこの買収額は身内びいきで払いすぎだとして訴訟を提起したが、後に和解に至っている。
だが結局、後継者の座を射止めたのは父の右派的な政治観を受け継いだ長男のラックランだった。政治的には順当な結果に見えるが、 『ヴァニティ・フェア』誌によると、ルパートはラックランがあまりにお気楽で親の遺産や七光りに頼り切った生き方をしているため会社を任せるのは不安だったようだ。
ラックランは2005年にフォックス・ニュースの副最高経営責任者ロジャー・エールスと対立し辞任、シドニーに戻っていた。その頃は後継者レースでジェームズの勝利も確定かと思われたが、2015年、ルパートの必死の説得でラックランがビジネスに復帰。後継者としてもふたたび有力視されるようになった。この事実はジェームズには「顔面を張り倒されたような」(『ヴァニティ・フェア』誌)衝撃だった。
その後、ラックランはニューズ・コーポレーション共同会長兼フォックス・コーポレーションCEOに就任。後者の地位は2019年に21世紀フォックスがディズニーに買収されて以来のものだ。また、2020年の大統領選挙のときに投票不正を巡る陰謀論が話題となったが、その拡散に寄与したのはフォックス・ニュースで、ラックランの指示のもと事実ではないと知りながら報道したとされている。
マイケル・ウォルフの伝記によると、長女のプルーデンスは二回目の結婚までに生まれた子どものうちでこの後継者争いに関わっていなかった唯一の人物だという。プルーデンスはルパートが最初の結婚でもうけた子で、『ニューヨーク・マガジン』誌に言わせれば「マードック家の変わり種」とされる。
1997年、当時ルパートには4人の子どもがいたにもかかわらず、自分には3人しか子どもがいないと発言したことがあった。この発言のせいでプルーデンスとルパートの間に「最も激しい口喧嘩」が起きたという。後にプルーデンスがインタビューで語っている。
写真:プルーデンスをハグするルパート(2004)
ルパートには他にも3人目の妻であるウェンディ・デンとの間に二人の子ども、グレースとクロエがいる。ちなみにデンと結婚したのはルパートが60歳の時で、デンは当時30歳だった。二人の子どもは2001年と2003年に生まれており、後継者候補とするにはまだ若いと考えられている。
後継者争いを勝ち抜いて帝国の長の地位を引き継いだラックランだが、これで安泰というわけではなさそうだ。「Fox News」は多くの訴訟を抱えており、信頼性を取り戻すことが喫緊の課題だ。ほかにもグループ全体で多くのスキャンダルなどがあり、法的問題は数多い。たとえば、ルパートとマードックは今後、2020年の大統領選挙に関わる名誉毀損についてのふたつ目の大型訴訟の被告となる見込みだ。
最近、大統領選挙での投票不正報道をめぐる訴訟が終結。フォックス・ニュースは事実ではないと知りながら陰謀論を拡散したとして投票機械のメーカーから訴えられていたが、フォックス側が7億8700万ドル(約1060億円)支払うことで和解に至った。和解したことで公判にはいたらなかったが、その過程でフォックス・ニュース内部での陰謀論をめぐる怪しいメールなどがいくつも明らかになった。
専門家の見解では、今回の引き継ぎで右派メディアの様相が大きく変わることはないとされる。元フォックス・ニュース取締役のプレストン・パッデンは『ワシントン・ポスト』紙にこう語っている:「ラックランは少なくとも父と同程度には保守的だと思います」また、ルパートの影響力がどれほど減少するかも定かではない。あるフォックス・ニュースの従業員はこう語っている:「経営については、今後もルパートがコントロールするでしょう。今回のことで大きく変わるとは思いません」
『ヴァニティ・フェア』誌でマードック家の特集記事を書いた記者は「衝撃的だったのは、マードック家の人々は誰もがとても不幸に見えたことだ」と語っている。その記者によると、マードック家の物語はしばしばシェークスピアの『リア王』に比されるが、むしろミダス王の逸話を思い出すのだという。「これほどの富を積み上げたルパートは、触れるものすべてを破壊してしまう。環境問題、女性の権利、共和党、真実、慎み、そして自らの家族さえも」